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ムクドリ

2011/06/07 20:28
遅くなった学校帰り、川沿いの道に何か落ちてた。
暗いけど気付いてよく見たら、死んだムクドリさんだった。

放っとけなくて ホルマリン臭い実習着が入ってたビニール袋開けて
空のビニール作って、拾って
脇の草むらに寝かしてあげた。
まだ柔らかくて温かかったけど 確かに死んでた。

鳥フルウイルスを見るような目で見られても、
どん引きされても、私の信条だから、
こゆことはどんな大衆の前でもする。

温かくて 確かに存在して歴史を作っていたものが「物体」になる。
死ぬってそういうことなのかなぁ…?

学校でご献体の解剖実習をさせて頂いたりもしてて
何かの亡骸を見るたびに 命って何かなぁって考えるよ。
でもそれは きっと自分が死ぬときまで分からないんだと思う。

すごく、難しい。


 



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見方を変えれば、私たちは過去の積み重ねで出来ているから、私たちが生きてく事は則ち有機体になることであり、遺体となって次の未来へと分解されていくことであるかもしれないよ。
ある人の詩である「有機体は過去を喰らう」にこんな一節がある。

そういうもの
なんじゃないですか
新たなる物って
何ですか
骨を喰ろうて
水を喰ろうて
石を喰ろうて
生きてゆく

新しい赤子達の
掌の中には
昔がある

有機体は過去を喰らう
有機体は過去を喰らう
思い上がって
いたんだね

と。

よくよく考えてみれば、自明な事だけど、自明だからこそみな気がつかないけど、私たちが食べているのは、何らかの生き物達の死骸なわけであって、それは取りも直さず、過去を食べているということに外ならない。
つまり、私たち地球の生物は今、過去を再生産しながら、一秒一秒をギリギリの所で生きているんだと思う。

これは、やや仏教的な考え方が入っているとは思うけど、そういうところを抜きにしても、魂の面はどうなるかはともかく、肉体という物体の面で見たら、次の未来へと再生産されていくんじゃない。

まあ、死後の世界があるかどうかは、率直に言って死んでみないと分かんないから、何とも言えないけど、仮に死んだ後の世界も地球と同じような法則が成り立つとすれば、それは転生輪廻的に生まれ変わるんだろうね。

私は、これは、考えものだけどね。
まあ、世の中の目に見えるシステムがそういう風な循環型のサイクルになっているから、そんなこともあるのかもと思うし、パターンがそういうのが多いから信じる人は信じるんだろうけどね。



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